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楽天市場 > いすゞの検索結果

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車・バイク > 自動車車体(新車・中古車) > いすゞ

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旧車 絶版車 いすゞ ベレット 1300DX 2ドア 昭和44年式 PR10型 (同型車次回入庫予想)予測無理!

■メーカー名いすゞ■車名ベレット■グレード1300DX■年式昭和44年式■走行距離12400キロ    走行不明?■車検有効期限なし■ボディタイプ希少!2ドアセダン■色純正ライトブルー■修復歴 ■整備記録簿いただけなかったのが残念!■所有者履歴 ■ミッションフロア4速■排気量1300cc ガソリン■乗車定員5人乗名■型式PR10■装備 ■昭和44年の出来事◎東大「安田講堂」陥落◎レーサー福沢幸雄事故死◎東名高速道路全線開通◎原子力船「むつ」進水◎新宿フォークソング大集会に機動隊◎市川雷蔵死去◎アポロ1号月面着陸◎正力松太郎死去◎食品添加物チクロ全面禁止◎獅子文六死去◎大学紛争激化◎パンタロン流行◎漫画ブーム、サザエさん、巨人の星、あしたのジョーなど・・◎反戦フォーク流行◎総括◎黒猫のタンゴ◎ブルーライト・ヨコハマ◎男はつらいよ ガソリン高騰ぶっ飛ばせ!!ななななんと!ガソリン1000ℓ分(1ℓ180円として)セール値引き!!とうぶん燃料代0円気分(笑)!!詳細は下の本体価格を見てね。 body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;}国内小型乗用車初の4輪独立懸架。 国内小型乗用車初のディスクブレーキ。 国内乗用車初の「GT」グレード設定。 これらの偉業を具現化してみせた車こそ 今回ご紹介する、いすず・ベレットだ。 ベレットは、昭和38年6月に前年に登場した 「ベレル」の小型版として登場した。 「いすず」の社名は、 伊勢神宮を流れる五十鈴川に由来し、 鈴(BELL)と50を意味する(L)から、 ベレル(BELLEL)の車名が来ている。 さらにその造語が、ベレット(BELLET)だ。 元々トラック、バスメーカーであった「いすず」が、乗用車分野進出のために、英国・ルーツ自動車と提携し、昭和28年から昭和39年までの11年間、「ヒルマン・ミンクス」をノックダウン生産。技術の蓄積を図った。 その「いすず」が純然たる国産車として開発・生産した第一号が「ベレル」であり、時間的にかぶるが、ヒルマン・ミンクスの後継車として開発されたのが、ベレットというわけだ。 ベレットは、当初ファミリーカーとして発売され、セダンのみの設定であったが、のちに昭和の名車として語り継がれる「GT」「GTR」をラインナップに登場させている。また排気量やデザインのバリエーションも多岐に渡り、ヘッドライト形状も丸目2灯、4灯、現車の異形角目など。 テールレンズも多種あり、初期型は、その形状から「おにぎり」と呼ばれている。車体形状も4ドアセダンから始まり、2ドアセダン、ファストバック、 クーペ、ボンネットトラックの「ワスプ」、商用バンタイプの「エクスプレス」と、これまた幅広いバリエーションを誇る。 さて、現車を見てみよう。 これぞグリコのおまけ!(古) Wの希少度! レア度満点の角目、1300DXに加えて、 なんと2ドアのセダンタイプ。 これは珍しい!というより 当店でも初の入庫となる。 スペック上、走行不明にしたが、前オーナーさんの証言と、エンジンの快調さ、そして・・・シートの状態など見ていく限りでは、前オーナーさんの「実走行ですよ!」 も頷ける。残念なことに、右フェンダーミラーが割れているため、納車時には、新品のベレGミラーに付け替える予定。 ベレットは、「ベレG」と言われるように、GTやGTRが脚光を浴びるが、現車のような、陰のグレードは、逆に希少性に富み、味がある 「革命児」として受け入れられた「ベレット」。 登場以来11年間フルモデルチェンジをせずに、バリエーションを増やし続けたが、他メーカーの新型車が幅を効かせ始め、販売実績も下降の一途を辿り、昭和48年、「ジェミニ」を後継に、ベレット11年の歴史を閉じ、絶版となった。遠く昭和40年代に絶版になったのに、 今だ多くの愛好家を擁する「ベレット」。 旧車の中でも名車の呼び声高く。車名復活が望まれる1台だ。なんと18万円OFF!!

旧車 絶版車/いすず/ジェミニ/PF60型/1800LS−custom/(同型車次回入庫予想)2010年

メーカー名いすず車種名ジェミニ グレード名1800LS−costom年式昭和58年式 走行距離96296キロ車検有効期限  ボディタイプ4ドアセダン色純正ホワイト仕上げ 修復歴なし整備記録簿有り 引渡し条件現状・登録OK所有者履歴2オーナー ミッションフロアオートマ型式E−PF60排気量1800cc ガソリン 装備1エアコン装備2社外アルミ乗車定員5人乗装備3 備考 1colle旧車セールスポイント エリア「関東埼玉」   NHKドラマ『トップセールス』出演車! ガソリン高騰ぶっ飛ばせ!!ななななんと!ガソリン556ℓ分(1ℓ180円として)セール値引き!!とうぶん燃料代0円気分(笑)!!詳細は下の本体価格を見てね。  【旧車入門!】昭和49年いすずの名作「ベレット」の後継車として、逆スラントノーズと呼ばれる、特異なデザインを持つ、1台の小型車が登場。参照↓↓http://item.rakuten.co.jp/sepia/10007296/ 当時提携していた「GM」の世界的な販売戦略車として、オペル・カデットを始めとして、世界中に何らかの兄弟車を持つことから、【双子座】の意である「ジェミニ」と命名。ただし、いすずとしては、「ベレット」後継の意味合いを込め、ベレットジェミニと称する。(発売から半年後の昭和50年4月、ベレットの冠は外した)昭和54年それまでの「逆スラントノーズ」から意匠変更。フェイスリフトされたフロントデザインは、「スラントノーズ」と称された。ここからが現車、初代ジェミニの後期型となるわけだが、フロントの大きな意匠変更は、単にマイナーチェンジ以上の重みを感じさせる。このタイプには、ツインカムエンジンやラリー用クロスミッションを採用した【ZZ】【ZZR】などのホットモデルが存在している。昭和60年には、二代目の【FFジェミニ】が登場するが、初代後期は昭和62年までの13年間に渡り生産され、並行販売されていた。さて現車を見てみよう。初代後期も最終に近い型。23年前の極上車である。しかも今となっては希少グレードのLS−CUSTOMだ。しかもオートマチック車は、意外と出てこない。前オーナーがかなり気合を入れて、維持していたようで、非の打ち所が無い。内外装から機関、エアコンに至るまで、もうこのまま走り出しても良い状態。弱点のドア周りなども問題なしである。それはそうで、、かなり新品部品を投入しているのが、そこかしこに窺える。ネオクラシックとして、確固たる地位を築いているPF60型ジェミニだが、年々台数は減少の一途を辿っている。オートマチックで、扱い易いネオクラシックの代表格と言っても過言ではないだろう。旧車入門に最適な1台である。それにしても、、どこに行ってしまったのだろう?76万台も売れた初代ジェミニなのに、もうほとんど街で見かけることもない。消費社会の明と暗がここにある。 なんと10万円OFF!!

旧車 絶版車/いすず/アスカ/イルムシャーターボ/昭和63年式/E−JJ120型/(同型車次回入庫予想)希少すぎて予測不可

■メーカー名いすず■車名アスカ■グレードイルムシャーターボ■年式昭和63年式■走行距離68000キロ■車検有効期限 ■ボディタイプ4ドアセダン■色純正ガンメタ■修復歴なし■整備記録簿一部有り■所有者履歴 ■ミッションフロア5速■排気量2000cc ガソリン■乗車定員5人乗名■型式E−JJ120■装備フル装備■昭和63年の出来事◎青函トンネル開通◎東京ドーム完成◎「ドラクエ」ブーム◎バブル景気◎六本木のディスコ「トゥーリア」で照明装置が落下◎カルガリー冬季オリンピック◎瀬戸大橋開通。◎「アグネス論争」◎リクルート事件◎ソウル・オリンピック◎南海ホークスがダイエーホークスに◎阪急ブレーブスがオリックスブルーウェイブに◎自民党が、消費税法案を強行採決 ガソリン高騰ぶっ飛ばせ!!ななななんと!ガソリン556ℓ分(1ℓ180円として)セール値引き!!とうぶん燃料代0円気分(笑)!!詳細は下の本体価格を見てね。 body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;}昭和58年 いすずフローリアンの後継車として 「フローリアンASKA」が登場。 GMの世界戦略車の一環として いすずが送り出したJカーだ。 いすず得意のディーゼル技術から ディーゼル車として国際スピード記録を樹立。 また現車である「イルムシャーターボ」では、 当時の0−400(ゼロヨン)国内最速を誇る。 昭和60年にはフローリアンの冠が外され、 ASKA(アスカ)となる。 奈良時代の飛鳥をイメージしたとされる車名は、 国産車として稀有であるが、外国語での発音を 懸念して、「U」は削除されている。 ラインナップは4ドアセダンのみ。 エンジンはガソリンの1800・2000そしてディーゼルの設定がある。 もちろんターゲットとして、トヨタ・コロナ、日産ブルーバードなどを睨んで、いすずが 送り出した車種であったが、開発期間が長すぎて発売が遅れ、登場した時点で既に時代遅れのイメージがあり、月販50台と販売は大苦戦を強いられる。 技術的には世界的に注目を集めた「インタークーラー、ディーゼルターボ」や、最先端技術「NAVI−5」などの搭載、、そしてOHCエンジンながら150馬力を叩き出した イルムシャーなど、いすずにとって記念碑的な車でもある。 実は旧車屋@親父も若い頃、一時期だが、このイルムシャーに乗っていたことがある。 夜の東名高速でポルシェをぶち抜いたら、そのポルシェ野郎が、カチンとしたらしく、、抜き返された(笑)。時効だから言うが、リミッターが作動する寸前の速度だったことを憶えている。若かった・・・・ またいすずの特色として、法人 オーナーが大半を占めたこと、 元の販売台数が少なかったことなどから、ASKAの現存率は極端に少ない。 現在まず市場に流通することのない、稀に見る、レア中のレア車!! そのASKAは、スターレット韋駄天ターボを所有する仲間が「どうしても!」というので譲った。しかし、、すぐに後悔した。というのは、、そのあと乗った◎◎も◆◆も、このイルムシャーを操った時の・・・そう・・・「快感」に欠けるのだ。ターボが効いてから背中がシートにへばりつくG感覚。まさにキバを剥く親父車 いやいや羊の皮を被った狼!あの頃、世間では様々な人気スポーツカーが取り沙汰されていたが、ASKAは隠れた実力車であり、名車だった。  さて現車を見てみよう。これぞ「ASKAイルムシャーターボ」のイメージ通り、純正色のガンメタは、光の加減によってムラサキに変化する。「イルムシャー」だけに与えられた、睨みを利かせる角目4灯。フロントシートは純正でレカロのセミバケットを奢っている。ボンネットは塗装が薄くなったため、当店に入庫してから「艶消しブラック」に塗装。機関的な問題は見当たらない。エアコンもOKだから、暑い夏も快適なドライビングが楽しめるだろう。自動車史上、稀に見る当時の不人気車(笑)。そして今となってはレア中のレア車、ASKAイルムシャーターボ。  その後・・・ASKAは、数奇な運命を辿ることになる・・・ いすずが乗用車部門から撤退を検討。その最初の自社生産打ち切りが初代ASKA。 平成2年に登場した「2代目ASKA」は、CXという尻尾をつけ、スバル・レガシィのOEM。 平成6年からは、ホンダ・アコードのOEM。 そして遂に平成14年、いすず「ASKA」は、その名を消した。なんと10万円OFF!!

旧車 絶版車 いすゞ 117クーペ 1800cc XE ツインカムDOHC フロアオートマ ワンオーナー!  昭和53年式 C−PA95型 (同型車次回入庫予想)2009年

■メーカー名いすゞ■車名117クーペ 角目■グレード1800XE■年式昭和53年式■走行距離118000  キロ■車検有効期限 ■ボディタイプ2ドアクーペ■色シルバー■修復歴なし■整備記録簿あり■所有者履歴ワンオーナー■ミッションフロアオートマ■排気量1800cc ガソリン■乗車定員5人■型式C−PA95■装備エアコン パワーウィンドゥ ■昭和53年の出来事 ◎ピンクレディー「UFO」レコード大賞 ◎成田新東京国際空港が開港 ◎「24時間テレビ」 ◎「ザ・ベストテン」 ◎「未知との遭遇」 ◎松山千春「季節の中で」 ◎ゴダイゴ「ガンダーラ」 ◎江川卓「空白の一日」ドラフト論争 ◎「口裂け女」 ◎「なんちゃっておじさん」 ◎キャンディーズ解散 ◎「サンシャイン60」開館 ◎「西武ライオンズ」誕生 ◎青木功マッチプレー選手権で優賞 ◎広岡ヤクルト日本一    ガソリン高騰ぶっ飛ばせ!!ななななんと!ガソリン1111ℓ分(1ℓ180円として)セール値引き!!とうぶん燃料代0円気分(笑)!!詳細は下の本体価格を見てね。 body,td,th {font-size: 12px;}.g12 {font-size: 12px;color: #7D7D7D;}.red {font-size: 12px;color: #ff0000;font-weight:bold} いすゞ 117クーペ  1800cc XE ツインカムDOHC フロアオートマ  昭和41年のジュネーブショーにおいて、 カロッツェリア・ギア社のブースに展示された、その流麗なプロトタイプに、 誰もが息を飲んだ。 周りには、その後「スーパーカー」ブームになる、 ランボルギーニなどが展示されているにもかかわらずの注目度。 その名は、117スポーツ。 開発コードそのままの出品である。 この会場には、もう1台117と称した、プロトタイプが存在。 117セダン。 昭和42年12月。 クーペより先に市場に姿を現した、フローリアンである。 フローリアンに遅れること1年。 先の117スポーツは、「117クーペ」として登場! G・ジウジアーロのデザイン。 それまでの国産車からは かけ離れている流麗かつ洗練さに、自動車慣れしていない日本人は、大いに驚いたのである。また外観のデザインだけに留まらず、室内空間も今までにないスポーツクーペにして、応接間のような感覚は、「憧れ」を抱かせる車。ラグジュアリカーの走り、大人の4座クーペだ。 エンジンは、当時聞き慣れない DOHC「ダブルオーバーヘッドカム」を採用。 最高速190kmも、当時としては 脅威。 初期の3年間は、月産たった50台のハンドメイド生産。 コスト面も合わず、 本体価格も 高価。 当時の172万円は、、、 今の価値に換算すると ゆうに1000万円を超える。 世界に通用する スポーツクーペの誕生。 いすゞのイメージリーダーカーだ。 ハンドメイドは、現在のみならず、 当時としても希少性が高く・・・価格も高いため、新車で購入した人は、一般庶民ではなかった。 未だ生産ライン化できない ジレンマ。 志は高いものの、 それを形に出来ない・・ 初期の117クーペ・ハンドメイドは、 そんな運命を背負っていた。 生産台数も、 合計で極少の2458台。 昭和48年、GMとの提携によって、ライン化がスタート。 ハンドメイドではなくなったが、 その流麗さは変わらず、 通称「丸目117」と呼ばれ、 庶民に少し近づいてきた。 昭和52年のマイナーチェンジでは、 ヘッドライトを角目4灯に改め、時代の先端をアピール。 117クーペは、登場した昭和43年から13年間、 いすゞのイメージリーダーカーであったが、 昭和56年、ピアッツァに その座を譲り、フルモデルチェンジすることなく、絶版となる。絶版後、27年経過した現在もなお、そのデザインは他の追随を許していない気がする。117と言えば、この形!こういう車って、最近なくなってしまった。   さて、、現車を見てみよう。後期角目ヘッドライトの昭和53年式。整備記録が残る、ワンオーナーカーである。外装は、一度仕上げた経緯があり、コキズ程度で綺麗そのもの。エンジンはDOHCの1800XEだ。内装シートに切れ、ダッシュに切れがある。張り替えるか、味として残すか、新オーナーさんの考え次第。117と刻印されたセンターキャップまで、オリジナルのまま。前オーナーさんは、新車で買われて、そのまま乗っていたら、30年経ったという感じ。途中欠落あるものの、21枚の整備記録が、この車の素性を示してくれる。  旧車屋@親父、、子供の頃、初詣の縁日で、 お年玉から117クーペのミニカーを購入。 たしかトミカだと思ったが・・・ 子供ながらに、クラウンやセドリックより高い車、、 190km/hのスピードが出る車、、に憧れを抱いたのだろう。 成人式の日、友人が中古の117に乗ってきた。 初めて乗る流麗なクーペ。   普段なら「俺にも運転させろ」と行くのだが・・ この時ばかりは、 後部座席で大人しくしていた。 やはり他の車とは一線を画した思い入れ みたいなものがあったのか。 そこらへんは、よく憶えていないが・・ ベタベタ触れる普通の車ではなく、 「ちょっと違う車」だったのは間違いない。 117クーペって、 今もってそんな車かも知れない。 なんと20万円OFF!!